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「吉野山」 特集NO.2 挿絵 Yumiko Kobayashi

七月は「吉野山」の公演が歌舞伎座・大阪松竹座などで御覧いただけます。
今回の特集では「吉野山」の聞き所や見所を判りやすくご紹介いたします。

恋と忠義は 
いづれがおもい
かけて思いははかりなや
静に忍ぶ旅立ちや 

もちろん重量の事ではなく、「どちらも大事ですよ」という心持ちの事。この曲の出来た封建主義の江戸時代に、恋と忠義を対比してしまうなんて、面白いところですね。

馴れぬしげみのまがい道

ここで静御前が花道より登場します。左右前後に咲き乱れる桜を目を細め眺めます。

弓手も馬手も若草を 
わけつつ行けば

弓を持つ手(左手)と馬手(右手)両手で若草を分け進んで行ったので、その音でキジが驚き飛び立ちます。

あさる雉子のパッとたっては
ほろゝけんけんほろゝうつ
なれは子故に身を焦がす
我は恋路に迷う身の
アアうらやましねたましや

雉(キジ)はつがいでいる習性を、大事な義経と別れて一人ぼっちでいる静御前は羨ましく思います。

谷の鶯
初音の鼓 初音の鼓
調べあやなす音につれて 
つれて招ぐさ音につれて 
おくればせなる忠信が 

“初音の鼓”は源氏の宝の鼓、「吉野山」では特に重要なアイテムです。静御前が鼓を打つと、場内が暗くなり忠信の出になります。忠信が足を踏み出すのを合図に場内はパット明るくなる、狐・忠信の出が楽しい演出ですね。

吾妻からげの旅すがた 

道中(旅行)仕度の着方

背に風呂敷しかとせたらおうて
野道畔道ゆらり 
ゆらり軽いとりなりいそいそと
目立たぬように道へだて
静詞 オオ忠信殿、待ちかねましたわいなあ
忠信詞 コレハコレハ静様、女中の足とあなどって思はぬ遅参、真つ平御免下さりませ
静詞 ここは名におう吉野山 四方の景色もいろいろに
忠信詞 春立つと言うばかりにやみ吉野の
静詞 山も霞みて
忠信詞 今朝は
両人 見ゆらん

二人は桜一面の絶景に見とれます。

見渡せば 
四方の梢も綻びて 
梅が枝つとう歌姫の、
里の男が声々に 
我がつまが 
天上ぬけて、すえる膳、
ひるの枕はつがもなや
天上ぬけてすえる膳
ひるの枕はつがもなや 
おかし烏の一ふしに

静御前の旅の疲れを癒すために、無骨者の忠信が覚えたての唄や踊りを見せます。
「天じやうぬけて、すえる膳、ひるの枕はつがもなや」が2度でてきますが、初めの節では忠信だけが踊って見せ静御前を踊りに誘います。
次の節では静と忠信二人で踊ることになります。
(舞踊の会では、一度目の踊りから二人で踊る場合もあります)

弥生は雛の妹背中 
女雛男雛と並べておいて

ここで二人がお雛様のような形で決まります。

詠にあかぬ三日月の

本当は狐なんだという事を見せまいと踊っている忠信ですが、足の動きに狐の様子が出てしまい、忠信の正体が客席からみて取れます。

宵にねよとはきぬぎぬに 
せかれまいとの恋のよく 
桜は酒が過ぎたやら

ここから静御前一人で踊りが始まります。

桃にひぞりて後向き 
うらやましうはないかいな

親狐の皮で出来た鼓に逢えたうれしさに、忠信が狐の本性をあらわします。特に狐の仕草を表す忠信の“手の形”にご注目してください。

せめては憂さを 幸い幸い
姓名添えて給わりし

太夫は忠信の気持ちで唄います。

御着背長を取出だし 
君と尊い奉る

もう一つの源氏の宝である鎧を切り株にのせ、鼓を顔に見立てて鎧の上に載せます。「道中ご無事で首尾よく落ち延びて下さいと」、義経の無事を二人は祈り願います。

静は鼓を御顔と 
よそえて上に おきの石

太夫は静の気持ちで唄います。清元の語りが苦心して「より忠信に」「より静に」なるようにと気持ちを込めて勤めるところです。

人こそ知らね西国へ
御下向の御海上 
波風あらく御船を、
住吉浦に吹き上げられ、
夫より吉野にましますよし 
やがてぞ参り候わんと、
たがいにかたみを取りおさめ
実に此の鎧を賜つしも、
兄嗣信が忠勤なり

壇の浦では大変な戦があり、この鎧は忠信の兄嗣信が非常な働きをみせて頂いたものです。その様子を聞きたいという静御前の願いに応え忠信が戦の様子を語り始めます。

静詞 何、嗣信が忠勤とや
誠に夫れよこしかたを
竹本 思いぞ出ずる壇の浦の

ここから竹本との掛け合いになります。
思い出しても恐ろしいけれど、海には武者の乗った平家の舟が赤旗をなびかせ一面に、陸には白旗を掲げた源氏の武者が山のようにいる様を役者が振りと目
で表します。
運動会などで「赤・白」に分かれるのは源氏平氏の戦いに由来するのでしょうか?お囃子が銅鑼をたたいて、戦の様子を実況中継しているような効果音を出します。

忠信詞 海に兵船平家の赤旗 陸に白旗
竹本 源氏の強者
アーラ物々しやと夕日影に
長刀を引きそばめ
某は平家の侍悪七兵衛景清と名乗りかけ、
なぎたて なぎたて 
なぎ立つれば

薙刀のような長いものを扇子でどのように表現するのか、役者さんの見せ場です。

清元 花に嵐のちりちりパッと
木葉武者
竹本 言いがいなしとや方々よ、三保ノ谷の四郎これにありと渚に丁と打ってかかる、
刀を払う長刀のえならぬ振舞い いずれとも
清元 まさりおとりは波の音
打合う太刀の鍔元より
おれて引く汐、帰る雁
竹本 勝負の花を見捨つるかと
長刀小脇にかいこんで
兜の錣を引っつかみ
後へ引く足たじたじたじ

後ろからかぶとをつかみ、相手の武者の足元がよろよろとなるような様を説明をしています。

清元 向うへ行く足よろよろよろ
竹本 むんずと錣を引切って双方尻居にどっかと座す腕の強さと言いければ
清元 首の骨こそ強けれと

ここでは、争う武者同士がお互いに「お前の腕はつよいなあ」「お前の首の骨もつよいなあ」と相手に感心して笑い始めます。

竹本 ンフフヽヽヽヽアハハヽヽヽヽ笑いし後は入り乱れ手しげき働き兄嗣信、君の御馬の矢表に駒をかけすえ立ちふさがる
清元 オヽ聞きおよぶ其の時に
平家の方にも名高き強弓
能登守教経と 
名乗りもあえずよっぴいて
放つ矢先はうらめしや

静御前が敵方の武者が弓を射る仕草をします。

兄嗣信が胸板に 
たまりもあえず

義経を狙った矢を、忠信の兄嗣信が体で受け止め、命を果てます。その様子を忠信が扇子を用いて表します。忠信・静御前双方の仕草を御覧になると面白いとこです。

真逆さま
あえなき最後は武夫の
忠臣義士の名を残す
思い出ずるも涙にて、
袖はかわかぬ筒井筒

ここから阿波節になります。

ここで鎌倉方の早見の藤太が家来を引き連れ花道より軽妙に登場して忠信との問答があり、「所作殺陣」という形式上の振りのついた楽しい殺陣があります。

竹本 いつか御身も伸びやかに
春の柳生の絲長く

“バカサレ”の合いの手が入ります。

清元 枝をつらぬる御契り、
などかは朽しかるべきと
互いにいさめいさめられ
急ぐとすれどはかどらぬ
芦原峠鴻の里 
雲と見紛う三吉野の
竹本 麓の里へと・・・
長唄 見渡せば 木々の梢もかいどりの すそもほらほら春吹く風に
※演出・振り付けによって、内容が違う場合があります。ご了承願います。
【監修】 清元協会理事 清元栄志太夫