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「日本の冬上野の冬」 特集NO.23
旧奏楽堂デビューコンサートシリーズ
「日本の冬上野の冬」

荒井美由貴(清元 延美雪)
佐久間眞里(福原 洋音)
リサイタル

2008年1月19日(土)
旧東京音楽学校奏楽堂にて
 その日は朝から空が透き通るように青かった。底冷えのする上野公園は、正に「冬」。
 しかしながら、旧奏楽堂の前は、開場前からたくさんの方が並んでおり、このコンサートへの熱い期待に溢れていた。
 後から分かるのだが、旧奏楽堂で行われた邦楽リサイタルの中で、歴代最多動員であったという。デビューコンサートにも関わらずだ。

 開演前、主宰の荒井さんに、意気込みを聞いてみた。
 「寒いです〜、でも演奏会のテーマ「冬」にピッタリですね。手がかじかんでしまうのは三味線弾きとしてはツライですが…。意気込みですか? そうですね、今日は、お客様にエンターテイメントとして楽しんでもらうこと、それを目標に演奏したいと思ってます。それこそ、プロのしなければいけない仕事だ!なぁんて(笑)」

 ホール内は、ほぼ満席で、外の寒さも忘れるほど熱気を帯びていた。コンサートは、ナビゲーターの竹下優子さんの登場で始まった。
  「直次郎様、直次郎様…」
 何が起こるのか、予想を裏切る嬉しい演出。朗読や芝居を交えて曲紹介をしてくださる。すると、スッと頭に情景が浮かんで来て、演奏をより深く聴く事ができた。

一曲目「清元 三千歳」
浄瑠璃: 清元 延佳月
清元 延綾
三味線: 荒井美由貴(清元 延美雪)
清元 延古雅
 この四人は東京藝術大学で共に学んだ。従って、学生時代より、何度も二挺二枚で並んで演奏して来た。互いの長所短所を知り、助け、許し、競い合ってきたのだという。
  しんしんと降り積もる雪、忍んで来る直次郎、恋に病んでいる三千歳…四人が同じベクトルで曲に望んでいるような、そんな力を感じるドラマチックな演奏だった。

二曲目「笛 飛騨物語」
笛: 佐久間眞里(福原 洋音)
福原 百恭
福原 球黄
福原 邑佳
打物: 望月 太左衛
藤舎 朱音
島村 聖香
堅田 喜代実
三味線: 東音伊藤 恭子
東音川口 澄代
1988年 作曲 六代目 福原 百之助
  現代邦楽でありながら、どこかで聴いたことのあるような、懐かしい笛の響きが印象的な曲。日本人の心の奥にある日本らしいメロディなのかも知れない。飛騨の山々に降り積もる雪が、奏楽堂のホールいっぱいに降り続いているような錯覚をおこす。そして、様々な打物の音が不思議な雰囲気を醸し出す。一転して、秋の五穀豊穣を祝う祭りの音楽に変わり、再び、冬の眠りにつく…。

三曲目「新作浄瑠璃 モチモチの木」
浄瑠璃
三味線
清元 延古雅(入野雅子)
荒井美由貴(清元 延美雪)
囃子 石井 千鶴
多田 恵子
佐久間眞里(福原 洋音)
2005年 入野雅子作詞曲
  これには、やられた。ディズニーの映画音楽のようにひとつの物語を見たようだった。
  ポップなメロディなのに、三味線の良さの勘所は外していない。曲の終わりは「峠の合い方」のフェイドアウト、しかもギターアンプがハウリングを起こしているような能管の音で終わる。邦楽のタブーを真面目に犯して、いつの間にか聴き手の心に入り込んでくる。邦楽楽器とはこんなにも自由だったのか、と改めて驚かされた。
  演奏終了後、会場はざわめいた。ギターを抱えた若い男性は「ヒッチコックみたいでカッコいいじゃん」と話していた。邦楽とヒッチコック…!新しい機軸か。賛否両論あるかもしれない。しかし、いつの時代でも、芸術の新しい機軸は奇才が作る。

四曲目「清元 四君子」
浄瑠璃: 清元 延佳月
清元 延綾
三味線: 荒井美由貴(清元 延美雪)
清元 延古雅
囃子:
佐久間眞里(福原 洋音)
小鼓 望月 太左衛
堅田 喜代実
大鼓 島村 聖香
太鼓 藤舎 朱音
  会の最後にふさわしい、華やかな演奏だった。
  演奏が終わった後、席を立ちながら、ご高齢の男性が「やっと、お正月が来たみたいだ」と笑顔で話されていたのが印象的だった。

 「エンターテイメントとして完結した演奏会を」〜主宰二人の、この志のもとで、スタッフ(裏方は全員、現役芸大生)、関係者、出演者が一つになっていた。若いから出来ないのではない、若いからこそ出来る事を、今の自分の身の丈で精一杯やることの素晴らしさを見せてもらった。

(報告/森井吏乃)


※今回のコンサートが、台東区のケーブルテレビで放送されます。
 ◆放送日時:5ch『台東区の時間』内
  『奏楽堂アワー 奏楽堂デビューコンサート No.46日本の冬 上野の冬』
  2月28日(木)、3月1日(土)、3月4日(火):9:20〜、17:20〜、21:00〜
  3月2日(日):10:00〜、18:00〜、22:00〜
  (変更などありますので、正確な情報は放送局へお問い合わせください。)
◆◆◆
1月19日開催
奏楽堂デビューコンサートシリーズ 「日本の冬 上野の冬」
練習取材報告
 最近、家庭で気軽にできる陶芸が流行っている。この正月我が家でも、テレビで紹介されていた小さなろくろを購入し、陶芸体験をすることになった。

 よく知られているように、ろくろを使う場合、出来上がりの形を想像しながら、両手で器を創りあげていく。右手と左手が連携しながらただの土の固まりを器へと変えていく。しかし、左右のバランスが欠ければ、形は崩れてしまう。今回は「日本の冬上野の冬」の練習に伺いながら、器が創られていく様を連想した。

 このコンサートは、清元三味線の清元延美雪さんと福原流笛方の佐久間眞里さん、二人のデビューコンサートである。彼女達は東京藝術大学大学院の同級生だった。専攻する楽器は違うが、共に邦楽科で互いに刺激し、高めあっていたという。

 今回は助演者も同窓生であるからか、練習中は、学校のように、忌憚なく意見の交換がされる。

「ここは、こういうふうに演奏したいの」
「もっと、こう弾いて欲しいな」
「ここのタイミングが違うよ」

 演奏の細かい点まで、まさに、切ったり磋いだり琢ったり磨いたりしていく。
 それは、自分達の為であり、来て頂くお客様の為だ。そして何よりも、邦楽の良さを知ってもらう為に、いまの自分たちに出来る事を最大限やりたいという二人の情熱からだという。

 今回のコンサートでは、清元「三千歳」、現代邦楽「飛騨物語」、新作「モチモチの木」、清元「四君子」が演奏される。江戸時代から平成までをタイムトリップする、玉手箱のような演出だ。とはいえ、悪戯にジャンルを並べた訳ではない。古典曲から学んで新作を作り、そしてまた、古典曲の偉大さを知るんだと言う。

 心に残る音楽にしたいという同じ志のもとに集まった演奏家たち。このデビューコンサートの車輪は真っすぐに進んで行くと確信した。寒い冬の一日に、若い邦楽家が紡ぎだす熱い音楽を聴いてみてもらいたいと思う。

(報告/森井吏乃)

【監修】 清元美治郎、清元延志寿佳